日本人の世界進出

社長とそうでないヒトの違い。

毎週、社長+プレゼンター4、5名+20名程度の聴衆で構成される、通称「社長ミーティング」がある。質疑応答は社長とプレゼンターの間で行われ、原則として聴衆は発言しない。会議は全て英語で行われ、世界的に注目されているカリスマ社長に、毎回地雷を踏んだ(質問され、それに上手に答えられなかった)不運なプレゼンターが(時には不興を買い)大変な宿題を申し付けられる。われわれはこの会議を裏で「公開処刑」と呼んでいる。先輩プレゼンターたちは、社長はまったく予想だにしていない点をついてくるから質疑応答の対処のしようがないが、それでも万全の準備を尽くしてあとは運を天にまかせるのみだ、と言う。今まで、のぼーんと聴衆側にいたのだが、とうとうプレゼンター側にまわることになった。
事前に、もう明白すぎて質問のしようがないでしょ、という小学生に説明するような単純なスライドを用意し、会議では、とにかく、ネイティブ顔負けの高速回転でじゃべり、そして何もないならハイ次へ、とほぼダッシュ状態で演台から駆け去った。運良く私は公開処刑にはあわなかった。
ヒトは社長の突っ込んでくるポイントは予想不可能だ、という、しかし、入社以来何回かこの会議に出たが、実はそうではないのではないかと思った。要するに、社長と各プロジェクトの担当者レベルでは、視点が違うのだ。突っ込みどころは、グラフ推移の数値が極端に低い(高い)ところとその理由、ロジックがあいまいなところ、業界トレンドに関係しそうなところ、その他経営者の勘で、なんか経営上まずいんじゃないか(もしくはこうしたらもうかりそうなんじゃないか)と引っかかるところである。社長になったつもりで、発表の資料を眺めてみれば、おのずとつっこみどころが分かるはずだ。
(とはいっても実際は社長じゃないのでそれも難しいのだが。)
それにしても、わたしら担当者レベルは、とりあえず自分の抱えているプロジェクトの発表が終われば、ホッとして後に続く内容にはたまにうわのそらになってしまうこともあるが、社長は違う。全部の発表を聞いて必要があるときは容赦なく突っ込む。
(強い)経営者とその他の違い、それはオーナーシップ意識の違いだろう。(強い)社長は会社を背負っているので、それが小さな事であっても仕事に対する意識と関心とこだわりはもう尋常ではない。
オーナーシップ意識の差、それが(強い)経営者とそうでないヒトたちを分ける深い深い谷のような気がする。
それにしても、ミーティングが英語になってまだ数ヶ月しかたっておらず、英語に不慣れな社員が多いというのに、確実にプレゼンターたちはすごい勢いで上達している。退路を断たれてもうやるしかないんだ、という状態に追い込まれたときの日本人の恐るべき適応能力の高さは、世界に誇るべきものだろう。(日本人は危機ドリブン=危機になって初めて行動を起こす、民族だという論文を読んだことがあるが、まさにその通りだ。)

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都心を知る、日本を知る。

外国人が東京に対して抱く印象として一番多いのが、未来的な都市、らしい。
電子マネー+携帯を始め最先端技術に裏打ちされた便利な生活、グルメ、ファッション、最先端のショッピングスポット、サブカルチャーの発信地、といったところが、外国人たちに、日本=未来都市東京のイメージをかき立てるらしい。
そしてそういった先端文化の発信地が、六本木からだいたい半径3キロのエリアに集中している。このエリアを訪れる外国人は非常に多い。そのうえ六本木周辺の居住者の3人に1人は外国人だという。おそらくこのエリアが日本でもっとも国際的で、外に開かれている場所かも知れない。テレビの特集でインタビューされたある外国人が、「なぜ六本木が好きなのですか?」という問いに対して、「ここでは、国籍関係なくガイジンはただ、一つのガイジンという国籍のもとまとまることができて、疎外感を全く感じないからだ。」と答えていた。
この現象は、単一民族国家の日本ならではのものだ。ニューヨーク、ロンドン、パリなど他のどの国際都市でも、ガイジンというだけで国籍関係なくたまたま居合わせた見知らぬヒトたちが一つに団結する、という現象は見られないだろう。最先端文化の発信ということ以外にも、これはこれで東京のこのエリアにしかない独特の特徴を作り出している。

大多数の外国人が現在の日本(=Tokyo)に期待する要素のほとんどがこのエリアにある。このエリアを知る事は、外から見て現在進行形の日本とはどういう特徴をもった国か?ということを知る事につながる。逆に、最先端文化に触れずして、外国人に現在の日本を正確に語る事はできない。

この近辺に居を移してから5年になる。もともと夫婦そろって仕事場の近くだから、とそれ以上でもそれ以下でもない理由で居を定めたのだが、海外に行き、外国人から見た日本を強く意識させられる環境で暮らしたせいか、帰国してからは、少しでも暇さえあれば次々に登場する周囲の話題の場所へ足を運び、外から先端カルチャーと呼ばれるものを肌で感じ、普段の生活に取り入れることにした。そしてこのエリアを知ればしるほど、ここは閉じられた日本の中にあって唯一世界に開かれた場所であり、ここを知らずして日本は語れない、という思いがつよくなってくる。

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日本人の優位性と仕事が奪われる日。

今日の会議、構成員はネパール人、インド人、バングラティシュ人、韓国人...etc...そして、私がただ一人の日本人参加者だった。だが、驚くべき事に、会議の言語は、日本語だった。
これには衝撃を受けた。そして、ここでもまたあたらめて自分の了見の狭さを知った。今までは、外国人が一人でも混じっていた場合は、全て英語で会議をするものだと思っていた。しかし、私は、初めて、流暢な日本語を操り、日本文化を理解し、礼儀正しく真面目に働く大量のインド人企業戦士を擁する、日本市場に特化したシステム開発を請け負うインド系の会社が複数存在することを知った。

目の前で若いインド人たちが日本語で談笑している。彼らは、インド支社の将来の幹部候補生としてインドで採用された新卒で、日本で4ヶ月間の日本語研修を受けている。たった4ヶ月の研修で、もう日本語で談笑している。漢字を駆使したメールも書いてくる。彼らはヒンディー語と日本語は文法が似ているとのたまうが、それは謙遜というものだ。これには衝撃を受けた。

もし、外国人と比較して、日本人の日本市場における優位性が、「日本語を流暢に操り、日本文化を理解し、日本人を相手に仕事ができる。」ということだと定義すると、日本人から優位性が失われ、外国人に仕事を奪われる日も遠くないだろう。グローバル化の外からのプレッシャーで規制なんてものはそのうちなくなり大量の外国人が高度な技術を要する職業に流入してくる。(いや、金融、ITなどのハイエンド人材市場では実際もうかなりしてきている。)

日本語だけではない日本人の優位性とは何だ?細かい事か?空気が読める事か?

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ジャングルで働くということ。。。

あー、某エマージングカントリーズ、言葉もあまり通じなければ(日本または欧米のビジネスの)常識も通じない。これがもし、欧米系企業の現地法人のヒトが相手なら、多少の行き違いはもちろんあるだろうが、こんなことにはならないだろう。日系企業と現地企業の合弁会社がいったいどういった種類のヒトたちを雇用しているかは分からない、しかし、はっきり言えるのは、欧米系企業で働いていて、ある程度ものが通じる現地のヒトたちのようなものを期待してはいけないということだ。それに、こちらは相手のヒトたちをなにか腫れ物を触るように礼儀正しく丁重に扱わなくてはならないようだ。例えば、メール一つにしてもみんなものすごく気を使っている。そういう文化風習に習って私もメール一つ書くのに30分もかかることもある。(なんだか余計だと思われる事に時間ばかり割かれている気がするが、そういうのがすっごく大事らしい。)一応こちらがグローバル本社なのだが。。。わたしは外資にいたころ、グローバル本社のヒトから涙の出るような気遣いをしたためられた感動巨編のメールなんてもらったことないよ。そういや中国のひとたちって雇用の流動性が激しく、一円でも良い給料を他で提示されたり、また、ちょっと気に入らない事があるとすぐ会社辞めちゃうという話も聞く。ジャングルで働くことにかなり疲れる今日この頃。

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英語=グローバル化ではない。。。

このごろ台湾にある関連会社のヒトたちと仕事している。流暢な中国語と英語を話すヒトもいれば、流暢な中国語とカタコトの英語だけを話すヒトもいる。前者のヒトが相手ならラッキーだが、後者は大変だ。そして圧倒的に後者の方が多い。自分のカタコトの中国語と相手のカタコトの英語でなんとかするしかない。今まで言葉の通じない同僚と仕事をしたことがなかったのでこれはある意味新鮮で衝撃だ。ドキュメントもプロダクトも全て中国語である。そりゃあそうだ。だって台湾で台湾人相手に商売しているわけだから。はっきりいって、ここでは英語ができるぐらいだったら中国語ができたほうがよっぽどマシだ。英語だけで非英語圏に乗り込んでいったってそんな会社誰も相手にしない。
グローバル化を母国以外の国でのビジネス展開ととらえるなら、参入する国の文化を理解してその国の言葉でコミュニケーションしなくてはならない。英語だけで全てOKなんて大間違いだ。globalization = localization + culturization だと思う。なんだかんだいったってみんなそれぞれの国の文化と言葉の中で生活しつづけるのだから、それに受け入れられないものは成功しない。言葉がその最たるものだ。思えば、ここの外国人社員たちはみな流暢な日本語をしゃべる、日本で働くというその覚悟たるやすさまじい、心から尊敬する。だいたい英語のみを武器に非英語圏に就職しようとする考えはかなり甘いな。

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日本人の生産性の低さの謎。

GDP換算で見ると、いまや日本人の生産性は先進国の中で最低クラス、要するに、なんだかよく分からないけど忙しそうに長時間労働をしている日本人よりも、一ヶ月とかのバケーションを平気でばんばんとるヨーロッパ人の方がよっぽど稼いでいる、ということらしい。
もう大人だし、入社以来その他大勢に紛れていままでずっと笑ってごまかしてきていたのだが、だんだんそうもいかなくなってきた。メールの細かい言い回しに関する暗黙ルールの指摘などを皮切りに日本企業文化の細かい刃片がボディーブローのようにわたしの体に突き刺さる。もちろん英文メールでも、相手に失礼のないように、感情を害さないように、何かを頼むときは感謝の気持ちを表すように、と気を使う。しかし、和文の社内宛メールをしたためるときのその気の使いようといったら、英文メールの比ではない。外資なら、そんな細かい事に時間を使うのはもったいないので簡潔明瞭に、で済ませられるのだが、日本企業ではそうはいかない。社風にそぐわない社内メールの細かいフレーズのミスは、時には本人の会社生命の抹殺にもつながる重大事に発展しかねないのだ。別にここに限らず、わたしの過去の経験と見聞から、一般的に日本企業には次のような特徴が見られる。1、本業以外のささいなことにも細心の注意を払い時間をかける必要がある。2、大勢がよってたかって同じ事をやる、人海戦術戦略を採用する傾向がある。3、マネジメントとスタッフの実質上の業務区分があまり明確でない。これらは日本人の生産性の低さの一因かもしれないが、別にわたしはこれらを悪いと言っている訳ではない。過去に日本の製造業が世界を席巻できたのは、これらの特徴に見られるように、日本人の一人一人は弱くても、人海戦術で束になってド根性で欧米列強を打ち負かしてきたからだと思うから。
それにしても、冷静に考えると、働く方にとってみれば、そういった環境ではたらくって、かなり厳しいよなぁ。わたしもあと何日もつのだろうか?

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多国籍軍ランチ

わたしのいる部署には、アジア、アメリカ、ヨーロッパ諸国からの外国人社員が20人近くいる。せっかくなので彼らとランチをご一緒させていただくことにした。日本にある日本企業で働く外国人が一体なにを思っているかとても興味があったからだ。基本的に、彼らは普段職場ではあまり日本人とはつるまない。お昼時だけ固まって多国籍軍でランチに出かけている。今回のメンバーは欧米の人たちだったのだが、それぞれ個性的、斜め向き、シニカル、ブラックで話が面白い。(そもそもこういう感覚を昼時ぐらい周囲に通じない英語で共有してリラックスしたいから彼らは固まるのだろう。外国で固まるのは何も、日本人やインド人だけではない。)
彼らはそれぞれ高度技術をもった独立したプロフェッショナルであるという意識が強く、特にエラいと思うのは、きちんとその日やることを終わらせれば、他の大勢の日本人がいくら残業して残っていようと何だろうと、さっさと定時退社することだ。そう、いくら強烈であろうと変な文化に染まらないのだ。
印象に残ったのは、彼らは、会社では自分たちガイジンよりも日本人の方が優秀だと思われてガイジンは優遇されない、と感じているらしいことだった。これはスゴい発見だ。特に欧米系外資だと、多くの日本人は、日本人よりも欧米人の方が出世も早く厚遇される、とボヤイている。あなたのコンプレックスはわたしのコンプレックス。そういうのって世界中どこでも同じなんだなぁ。。。

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企業理念、宗教と無宗教のあいだ。

わたしと夫は、ほぼ同じ時期に就職、転職した。
そして新人社員研修でもらってきた、それぞれの会社の企業理念が書かれた冊子を見比べてみた。
夫が勤めるのは超華やかな外資系企業、一方わたしが勤めるのは、世界進出を始めたばかりのドメの日本企業。夫の会社の企業理念の小冊子は超おしゃれ。スマートに英語で書いてあって、きれいな写真で飾られていてデザインが洗練されている。一方わたしの勤める会社の企業理念が書かれた小冊子は、日本語で書かれていて、デザインもなんともイケてない。
でも、書かれている内容はどちらも、「顧客第一」など、ほとんど同じなのである。
それなのに、なぜ、この「企業理念」、外資系企業がやるとそのまま「ふうん」と受け入れられて、日本企業がやると「日本企業的だ」とか、「宗教的だ」とか、「軍隊的だ」とかになってしまうのだろう。
その原因のひとつとして、日本企業のやり方が、なんともダサいからであることが考えられる。この、なんとなく「洗練されていない」「ダサイ」という感覚は世界共通だと思う。人間は、洗練されているものに対しては心地よく感じ警戒しないが、「ダサイ」ものに対しては、なんとなく不安を覚え、警戒するものである。
世界進出を目指すなら、人間本来の警戒心をかき立てるようなダサイものではなく、まず洗練された企業理念の冊子を作ることから始めるべきだと思う。世界に受け入れられるためには、時にはカタチは中身より重要なこともあるのだ。

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社内公用語を英語にするということ。

突然、社内のプレゼン資料と会議が英語になった。世界中から優秀な人材を呼び込むためには社内の共通語を英語にする必要があるとのことだった。それでも、心は日本、言葉は英語、らしい。確かに、日本語しか通じないようなメンドクサイ会社には優秀なガイジンはわざわざ入社しようとは思わないだろう。しかしながら、海外の拠点で外国人をマネジメントするためには、価値観の拠り所が必要になる。それが、日本人であるというIdentityだったり、日本の文化だったりするのだろう。グローバル化だ英語だなんだかんだといっても、所詮、海外かぶれしまくって、日本人であるというIdentityを持たない人間は、グローバルで通用する人材にはなれないのかもしれない。何より先に、「日本人であること」に誇りを持つ、ということは世界進出を考える上でのボトムラインなのだろう。(そういや以前、夫とともに外資に勤めていた頃、日本人であることを強く意識させられる状況にあって、一緒にお茶なんか習っちゃったよなぁ。。。)
それにしても、前、トヨタかどっかの会社が社内公用語を英語に切り替えて、仕事の効率が大幅ダウンしたため日本語に戻したって話をきいたことがあるけど、もし、いきなり英語公用語化がここの会社で成功したらスゴいかも。日本人は英語に苦労してるっていうけど、所詮、強いリーダーの号令で会社をあげて全社員一気に走り出しちゃえば、実は英語ごとき何でもなかったんだっていう証明になるからね。

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世界的なブランド力のない日本企業が強くなるには?

アメリカのGoogleには世界中から天才級の人材が集まってくる。
じゃあ、世界中から才能を呼び込むような(世界的な)知名度もブランド力もない日本企業が強くなるにはどうすればいいのだろう? 
まず、その道の一流の人材を雇い、時間とお金をじっくりかけて、整理した各業務の方法論や仕組みやフレームワークを徹底的に作る。そしてそれが済んだら、天才ではない大勢のフツーの従業員たちに、強力なリーダーの号令で「四の五の言うな、なんでもいいからこれをこの通りに徹底的にやれ」とルール化して有無を言わさずそれらをやらせる。そしてそれらを繰り返しているうちに、フツーの人たちは気がつけばなんか結構スゴいことをやっていて、なんか会社も伸びている。。。
これも世界中から才能を呼び込めない凡人集団の日本企業がGoogleみたいな企業に勝つ方法のひとつ。。。この会社に勤めていて、ふと感じた。
個性が強くわがままな軽装世界的オールスター集団 vs 強いリーダーのもと統率された重装凡人カミカゼ集団、これからの時代勝つのはどちらだろうか?

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